『007 慰めの報酬』は世界的に大ヒットしました。それに見合う完成度のエンタメ 作品でもあるともいえましょう。しかし私は映画を見ている最中、楽しみながらも 非常に違和感を覚えまくったのでありました。今回のレビューは、この違和感を 軸に語ってまいります。例によってネタバレ要素ありますので。 違和感その(1) シリーズの「お約束」の不在。例を挙げると・・・ ①「秘密兵器が出ない」→「だからQも出ない」 ↓ 「格闘シーンが単なる暴れ者だよ(前作では便所を破壊)、ダニエル・グレイグ!」 ②「メインのボンドガール、オリガ・キュリレンコと寝ない」 「替わりに寝るネエちゃんがいるが・・・」 ↓ 「例の冗談みたいな役名、Strawberry Fields は劇中で生かされず」 ↓ 「でもネエちゃん殺害後、無意味にお約束な死化粧だけは有る」 ③「悪玉ボスキャラが、前作に引き続きショボイ」 ↓ 「そんな悪玉ボスキャラの脇に、お約束風のキモイ顔の部下がいる」 ↓ 「こいつ単に顔がキモかっただけで、別に凄腕ではなかった・・・」 等々、従来のボンドファンには「なんじゃこりゃぁ~」という展開ではないでしょうか? 例えるなら『ゴジラ』が『GODZILLA』になっちゃった、なんだけど結構面白かったと でも言いましょうか?あるいは『ドラゴンボール』の例の映画版が何故か面白く・・・ 流石にそれはないのかなぁ~(笑)。 但し『~慰めの報酬』を弁護するなら、従来の007と一線を隔した設定に、今風の アクション映画の見せ場を最大限追及したエンタメ作品、と評価する事もできま しょう。もう冷戦も無いし、悪の親玉が金持ちのキ●ガイ、って設定もなんだしなぁ・・・ とう時代ですから。劇中のボスキャラがショボイのも、グレイグボンドが続けば前作・ 本作の敵は中ボスに過ぎず、最後に大ボスと対決!という展開が可能ですし。 違和感その(2) ボンドに対するイメージ ところでこの「ボンド映画」に対するイメージは、非常に個人差のあるものです。 ここで正直に告白しよう。私にとってボンドとは、ロジャー・ムーアなのである!! 笑ってくれるな・・・世代的に仕方ないだろ、常識的に考えて。 ムーア=ボンドといえば、「冗談みたいな秘密兵器を駆使し」「もはやヒーロー番組 の怪人と化した敵と闘い」「ありえへんおネエちゃんと、お手軽にイチャイチャ」という、 一言で言えばウサン臭い奴なのである。決して汗水垂らして痛々しく闘ってはいけ ないのである!(無論「流石にこの路線では限界があるべぇ」と、軌道修正した作品 つまり私にとってのボンドは、「美女と共に世界を駆け巡り、秘密兵器で難なく (ここがミソ)世界を救うインチキ野郎」である!まさに中学生男子の夢!ああ、 そんな私はリチャード・キール(ジョーズ!)のサインを持っているぞ!手前味噌ながら 趣味の良すぎるチョイスで悪かったなぁ! そんな私には先代のピアーズ・プロスナン=ボンドの、アホみたいな世界(なんじゃ こりゃ!な秘密兵器や、そんなアホな!ボンドガールの実にゴージャス(?)路線) は、結構お気に入りだったのでした。
夢の共演である!当時のバカな男子がこのシーンにホレてしまって何が悪いっ! でも今見ると・・・ミニチュア、って奴ですなぁ。(このボンド、何語しゃべっとる!) ところが私の嫁にとってのボンドは、ティモシー・ダルトンなのである。どちらかと 言えばハードボイルド調で真面目、時に感情を露わにしボンドガールに対しては、 丁寧な描写の積み重ねの果てでベットイン。ダルトン=ボンドに濃厚なセックス アピールが有るとは言いませんが、確かに女性受けする要素はこちらが上。 ダルトン=ボンドは私の中では印象が薄いのですが、それはやはり私がムーア= ボンド派だからでしょう。ダルトン=ボンド派の嫁にとって、感情を露わにし肉体を 駆使する行動派、グレイグ=ボンドは実に魅力的らしい。いや、ムーア派としては という酷すぎる拷問(笑・・・えねぇ、これは)受けるボンドの姿など、ムーア派の 私には悪夢である!本当に痛そぉ~!!
・デル・トロが拝める。我らがロバート・ダヴィとイグアナのアバタ面2ショットは、 実の兄弟にしか見えんよなぁ(笑)。 ムーア→プロスナン=ボント派と、ダルトン→グレイグ=ボンド派という区分けは、 ディープかつ熱心な007ファンにも了解して頂けると思います。G・レーゼンビー? ・・・ダルトンの流れで良いでしょう。ピーター・セラーズ??・・・知るかっ! と改めて区分けすると、それらを包括する原型を作ったショーン・コネリー= ボントの偉さが実感できるというもの。コネリー=ボンドは今見ると色々ショボい (ボルトアクションライフル使う軍隊や、ハリボテ&ギミックな秘密兵器や・・・)が、 やはり馬鹿にしてはいけない名作なのである。 違和感その(3) 本当にマーク・フォスターの作品なのか? 監督の初アクション映画である・・・しかし随分ジャンルが異なっている。確かに 今回の作品には社会派映画の要素(脚本はポール・ハギス)がある。しかし・・・ この映画、実に良く出来たアクション映画である。そう、「実に」良く出来た・・・。 シリーズのよう。鑑賞中に違和感、正確にはどっかで見た事あるかの既視感を 感じた方が多いはず。なおプロペラ機(DC-3)の空中戦シーンで・・・プロペラの それもそのはずこの映画、第二班監督のダン・ブラットリーはスタントマン出身の、 アクションシーン専門の監督。上記の『ボーン~』シリーズのアクションシーンも 補強されておりますな。そらどっかで見たアクション映画に似るはずだ。 *ダン・ブラットリー同様、スタントマンからその手のシーンの第二班監督となり、
・・・あ、この動画再生には「グロ注意!」と警告するのが礼儀かな? 如何にもハリウッド映画らしい・・・芸術ではなく工業生産商品?、な布陣のスタッフ を見てとれます。監督=作品そのもの、の映画作りのイメージとはエライ違う。 しかし私はこれで『~慰めの報酬』を貶めようとは思いません。現在邦画でそれなり のスケール感の、アクションシーンを含む映画が作られていますが・・・(以下自粛) かつてなら邦画にも「アクション映画」というジャンルが有り、それを得意とする監督 がいました。そういった方々は映画産業の衰退と共にTVに活躍の場を移す事に。 結果70~80年代に傑作刑事アクション物のドラマがTVを席巻しました。 現在日本に優れた映画監督はいますが、スケールのあるアクションシーンを撮れる 方がいるでしょうか?経歴においてそのような機会に恵まれなかった以上、それは 無い物ねだりというもの。殺陣師、という頼りになる方々がいますが、ハリウッド映画 のアクションシーンのスケールを求められると・・・邦画製作における、その手のシーン に強い第二班監督(助監督)の不在が、無頓着にハリウッド映画を真似ようとした 邦画の無残な玉砕を生んでいるのではないでしょうか? 総括。私にとっては違和感もありながら、力強いアクションシーンが盛りだくさんで 社会性の強いメッセージを含む、まさに現代のリアルな描写のスパイアクション映画。 それがこの作品『~慰めの報酬』ではないでしょうか? ・・・って何言ってるねん!異議申し立て!良く考えてみよう! 映画の最初の・・・イタリアはシエナ、カンポ広場での競馬を背景にした追跡シーン! これを日本に例えるなら、「浅草寺の地下にMI6のセーフハウスがあり、そこを 逃げ出した敵を、我らがヒーロー007が三社祭か浅草サンバカーニバルの群集を かき分け追跡、しまいにゃ発砲騒ぎ!」 ・・・これって、ご当地の国の人には爆笑シーンじゃないか? 映画の演出のウソは野暮は言わず楽しもう!でも冷静に考えると・・・噴くよなぁ(笑) l |