『極底探検船ポーラーボーラ』のDVDが発売されましたおかげで、小谷監督を招いた 特集ANが開催されました。そして私の疑問も幾つか解消されまして嬉しい限り・・・ うん?その翌週5月23日には、新宿歌舞伎町・ロフトプラスワンでイベント?ゲストは 小谷監督・関谷ますみ(原始女役!)さん、中野稔(特撮合成技師、昭和ウルトラマン 世代の方は涙が出る人物)さんまで来る! これはまた『ポーラーボーラ』に関する疑問が氷解する機会かもしれない!前日仕事 で徹夜明けなんだが・・・ナンボのもんじゃい!!と、いそいそと会場へ向かったので ありました。このイベントは(2009年)5月23日、12:30開始で新宿歌舞伎町ロフトプラス ワンで開催されました、 『極底探検船ポーラーボーラ』DVD発売記念イベント +木原浩勝プロデュース 大怪獣サミット9.5 ~第1部~ 『極底探検船ポーラーボーラ』の魅力を語り尽くす! ~第2部~ 大怪獣サミット9.5 です。私は以前からロフトプラスワンで「大怪獣サミット」なる特撮映画ファンの集いが ある事は知っていましたが・・・初参加。多分会場は特撮マニアの古強者(笑)で埋まっ ている。という事は・・・怯えるな(失礼)!その中に入ってもで、私は決して“ヤング
伊丹グリーン劇場の特撮AN大会の常連、特撮ファンの退役兵位の資格はある はず!と訳の判らぬ理由で自分を励まして(笑)、入場したのでありました・・・ 尚、改めて告白すると私に映画の魅力を教えてくれ、また映画製作の裏には多くの スタッフの方の努力がある事に気付かせてくれたのは、幼い頃見た特撮映画、番組が 原点であったと事は、今だ自認し深く感謝している事を記しておきます。 ・・・さて、余計な前説はココまで。第1部のイベントについて書きます。 イベントは小谷承靖監督作品の予告編上映からスタート。そのラインナップは・・・ 『俺の空だぜ!若大将』(予告のテロップが昭和30年代のセンス・・・) 『帰ってきた若大将』、『初恋』、『ピンクレディーの活動大写真』。そして本命たる 『極底探検船ポーラーボーラ』。(以下『』内は監督の発言・要約有り) これらを踏まえて小谷監督が一言、 『自分でも良く判らない監督ですねぇ(笑)』 これらの予告の作りも含め・・・当時、予告編は助監督が作っていた。映画の編集の 練習を兼ねて作られたそれらは、今の予告と比べると昔風のもっさりした作り・・・ 小谷監督作品は、そんなテイストで作られた予告編の、最後の時代と言えるのでは ないだろうか?こんな面も、小谷監督に対する“最後のプログラムピクチャー監督” という邦画史の中での位置付けは正しいと思う。 さて『ポーラーボーラ』、予告編のタイトルは『最後の恐竜 THELAST DINOSAUR』。 またナレーションで「(恐竜を)学術的に研究、リアルに再現」とアピール(笑) そして小谷監督のトークが、司会の方(テアトル新宿ANと同じく東宝事業部の人)の 質問に答える形で開始されました。まず予告と本編でタイトルが異なる事について、 『この当時(予告編製作~『ポーラーボーラ』公開当時、『バミューダの謎』撮影の為)、 バミューダにいました。また劇場公開に関しては円谷プロが全て仕切っており、タイトル 変更の経緯、また予告編を誰が製作したかなど、私は知りません』 とのお話。ここで当時の話・・・日本の劇場公開の様子はバミューダで聞いた、など 当時のエピソードが。その中で当時のとんでもない話が。 『 『ポーラーボーラ』の劇場用パンフレットの中の僕の写真、誤って小林正樹監督 の写真が使われていて(会場爆笑)。東宝事業部の大失敗だよね・・・小林監督の方 は多分知らなかったと思うけど』 話題はランキン=バス プロとの共同製作について移り、『ポーラーボーラ』製作前史 として、ランキン=バスと小谷監督が始めて手を組んだ作品『Marco』に移りました。 おり、ランキン=バス側からミュージカル映画『Marco』の製作について話が来ました』 『僕に『Marco』日本側の演出の話が来たのは、須川栄三監督のミュージカル映画 ではないかと思います』 この『Marco』、私は未見ですが今回のイベントで、その一部を見る事が出来ました! そのシーンは日本のオ-プンセットに再現された中国の風景(これがいかにも昭和 日本映画的な風景)に、凧に乗って空を飛ぶマルコ・ポーロ=デジ・アーナズJrの 姿(こりゃあんた『大盗賊』か!)と、実に東宝映画テイストの風景に感動しました。 *このオープニングシーンに、60~70年代の東宝映画テイストが感じられませんか! また「中国な方々」の中に、邦画ファンにお馴染みの顔(笑)も発見できますね。 ミュージカル有り、特撮有り、人形アニメ有りと、ランキン=バス プロ作品の集大成 のよう映画・・・これは是非全編見たいっ! 『Marco』の製作当時の関するエピソードとなり、ランキン=バス&トム・コタニ作品の ファンである私には非常に嬉しい限り。 『私が日本側監督を務める事になった『Marco』は、ランキン・バス=プロダクション側 より持ち込まれた企画で、俳優でもありミュージシャンでもあるデジ・アーナズと、女優 のルシル・ボール(TV番組『アイ・ラブ・ルーシー』で有名)夫婦の息子である、デジ・ アーナズ・Jrを主演に製作された、ファミリー向けミュージカル映画です。』 『この映画は東宝のスタジオに「万里の長城」などのセットを組み、群舞シーンを撮影 しました。撮影はロケ・セット含め全て日本で行いました』 『この映画のセット・美術は村木忍(東宝ミュージカル映画や小谷監督作品など、数多く にも有名)さんが手がけています』 『またクビライ=カンを演じたゼロ・モステルは、当時舞台のミュージカル「屋根の上の バイオリン弾き」の主演として著名であった俳優です』 *ミュージカル俳優ゼロ・モステルのご覧通り名演・・・と、ミュージカル初心者の (1968年オリジナル版)の、インチキプロデューサー・マックス役の方と言えば、 歪な映画ファンも納得頂けるのでは。2001年ブロードウェイ版&2005年映画版で、 ネイサン・レインが演じた役ですね~。 『主演のデジ・アーナズ・Jrは、当時ライザ・ミネリ(!)と付き合っており、彼女は日本 で撮影中の彼を追ってお忍びで来日し、撮影現場に出入りしていました』 『そんなライザ・ミネリが東宝の撮影所でハマッてしまったのが、発売直後であった カップヌードル(!)。撮影所にお湯を入れてくれる自販機(昔、確かにありました! そのタイプの自販機!)を使って、良く食べていたんですよ(笑)。でも彼女、日本の小銭 をあまり持っていなくて・・・僕がお金を貸してあげたりしました(笑)』 そんな愉快なエピソードを披露して頂きました。60~70年代のアメリカのショービジネス に興味のある方にも面白い話でがないでしょうか? 『この『Marco』は撮影期間6週間という契約でしたが、結局8週間に伸びてしまいました。 (契約の厳しいアメリカの役者・スタッフに対しては、更に追加で費用がかかってしまい) この事でアーサー・ランキン・Jrは勉強したんじゃないかと思います・・・ビックバジェツト オーバー(かなりの予算超過)があったので、次の話は無いと思いました』 『現在『Marco』の版権は、誰が所持しているか判らない状態で、海外でもDVDが出て いない状態だと聞いています』 した。詳しくは紹介したコラムで読んで頂ければ幸いですが、映画産業の低迷に対し 東宝は製作部門を本体と分離、別会社で行う事を決断した結果生まれた「東宝映像」 の初のビッグプロジェクトであった『Marco』が、海外のセールスを含め今ひとつ成果を もたらす事が無かった事実は、関係者の大きな期待を裏切る事となりました。 しかし・・・以前に「人形アニメ」「アニメーション」を日本のスタッフで製作し、特撮映画 『キングコングの逆襲』を東宝映画に製作させた経験を持つ、アーサー・ランキン・Jrは 日本と合作で映画を作る事に自信を深め、『極底探検船ポーラーボーラ』の製作に乗り 出す事になったのでした (続く) |