2008年12月4日、フォレスト・J・アッカーマン氏の死去が報じられた。92歳と いうお年でもあり、最近体調も崩し気味。一度死亡の誤報も流れた・・・と、 悲しいかなある程度予想された出来事ではありましたが。 アッカーマン氏の死去の報と共に、氏の業績が改めて紹介されると思いきや、 大手メディアでは然程とり上げられなかった模様。映画関連のサイト、SF・ ホラーに関心のある方はしっかり紹介してくれましたが・・。 実は私個人的に、ささやかながら氏と接する機会があり、その際に氏の人柄 に親しんだだけに、実に悲しく感じております。そして間違いなく私と同じ経験 をして、氏を敬愛しているが多数おられるはず! ここでは追悼の意を込めてフォレスト・J・アッカーマン氏について紹介します。 ・・・といっても氏に関心のある方には常識、そんな方にはツッコミ所満載の内容 でしょうが、どうかお付き合いの程宜しくお願い致します。 アメリカの報道ですが、アッカーマンさんを紹介するには これが判りやすいかな・・・という画像です。 フォレスト・J・アッカーマン氏は1916年生まれ。幼い頃より大のSFファンであった アッカーマンさんは、SF作家や映画関係者との交流を深め、1939年NYで開催 された第一回世界SF大会(WORLDCON)にも参加しています。なおこの大会他、NYで開かれた大会は後にアッカーマンさんの手により「NYcon」、と呼ばれる ようになります。これに習って大阪のSF大会は「DAICON」・・・アッカーマンさんが いなければ、ダイコン・フィルムもガイナックスも無かった(それは言い過ぎ)! なおSF雑誌の編集者として活躍した氏は「SF」(この場合は「エス・エフ」では なく「サイ・ファイ」と呼ぶべきか)という言葉の名付け親、として報道ではまず 紹介されますが、実はもっと偉大な先駆者でもあります。紹介した第一回世界 SF大会に、アッカーマンさんは当時のガールフレンドがデザインしたコスチューム を着て参加。これこそが、(ファン大会での)コスプレの元祖である!とも言われて いるのでした(笑)。今や万国のヲタクが盛り上がるコスプレも、アッカーマンさん が生みの親とも言えるのでありました!! と、かなり脱線いたしましたが、SFという分野の創成期に、自費出版で米最初の SF専門誌と言われる「The Time Traveller」を創刊するなど、この分野の開拓者と して活躍した氏は、同じ世界の錚々たる面々と交流しています。当時活躍した 殆どのSF・怪奇作家とは知己、またそれらを題材に求める映画関係者とも関係を 深めています。特に関係が深く、アッカーマンさんと同世代の方に、SF作家の 巨匠レイ・ブラッドベリ、特撮の大御所レイ・ハリーハウゼンの名を挙げる事が 出来ます。ちなみに両氏は高校時代からの盟友にして、共にご健在。まだまだ 長く生きて頂きたい方々です。 アッカーマンさんは1958年創刊された世界初のSF・ホラー専門誌「フェイマス・ モンスターズ・オブ・フィルムランド」の初代編集長に就任。この雑誌を見て育った SFヲタク・・・その中から多くの映画人が誕生!この雑誌の名物的存在こそが アッカーマンさん。70年代のSF映画ブームや80年代のホラー映画で活躍する 面々に、実に大きな影響を与えています。 この雑誌に影響を受けたと語る人物には、S・スピルバーク、ジョージ・ルーカス、 ピーター・ジャクソン、ティム・バートン、フランク・ダラボンetc・・・ビリー・ボブ・ ソーントンも語っているのは何故?スティーブン・キングは13歳にして本誌に投稿、 ジョー・ダンテの熱心な投稿は記事に採用されているなど、本誌から後の活躍の 下地を作った方々はあまりにも多数・・・。 なおピーター・ジャクソンは、アッカーマンさんに追悼を捧げています。 ↓ http://www.aintitcool.com/node/39356 私の英語力でも、伝わってくるものに泣けてきました・・・映画はコケてしまった けど、私の大好きなジャクソン版『キングコング』、もう一回見ようか。 おっと、アッカーマンさんが生み出した作品で忘れてはならないキャラクターが 「ヴァンビレラ(Vampirella)」。昨今のアメコミ映画ブームの中では少々埋もれた 感がある作品ですが、このエロい吸血おネエさんは1969年にアッカーマンさんが 創造したキャラクター。日本でも70年代~80年代には、アメコミの女性キャラの 代名詞的存在ではなかったでしょうか?寺沢武一の描く女性キャラにも、モロ 影響を与えていると思う。(「ヴァンビレラ」以外の「SF=半裸なおネエちゃん」の イメージの元、パルプなSF誌のカバー絵もアッカーマンさんの仕事だし・・・) しかし改めて今見ると、これっぽっちも萌えの要素が無い、セクシーダイナマイト キャラだなぁ(笑)。本当に時代は変わった・・・。 アッカーマンさんのもう一つの顔が映画人。そして多いに愛すべきお調子者と としての役者業。古くからSF・ホラー関連の映画人と交流・そして作品への参加 (様々な形で・・・)を行っている人物でもあります。別のコラムで紹介させて頂いた ランキン=バス プロダクションの人形アニメ作品『マッド・モンスター・パーティー(Mad Monster Party)』では脚本に参加(クレジット無し)していましたが、ボリス・カーロフにベラ・ルゴシ、ヴィンセント・プライスといった怪奇スターと深い交流が 人物だけに・・・、「当然」の結果にしか思えない。 【こちらで『マッド・モンスター・パーティーを紹介しています】 ↓ 5 アメリカ人の心に残る人形アニメは日本人スタッフが作っていた! アッカーマンさんの個人の趣味か性なのか、役者として(大抵チョコっと顔出し) 活躍した作品には、玉石ともユニークな作品が多く、古くは隠れたSF映画の才人イブ・メルキオール監督の『タイム・トラベラーズ』、ロジャー・コーマン製作、 ジョン・サクソンにD・ホッパー出演の『Queen of Blood』、アル・アダムソン監督 のトラウマ級ヘッポコ作品『ドラキュラ対フランケンシュタイン』・・・などなど。 イブ・メルキオール監督の傑作、『タイムトラベラーズ』の予告編。 実に「SF=センス・オブ・ワンダー」な時代を感じさせる作品です。 脱線ついでに『Queen of Blood』の予告編。デニス・ホッパーも ジョン・サクソンも若すぎますっ!! そしてアッカーマンさんの子供たち、というべき若い世代の映画人が活躍し始める と、彼らに乞われるままに(?)カメオ出演。特にジョン・ランディス監督作品には『シュロック』他数多く出演(M・ジャクソンのPV『スリラー』にも!)、頼まれれば 「これは・・・困った」という作品にまで出演の大活躍(笑)。 かくもアッカーマンさんが、同世代のみならず後進の方々にも非常に愛されていた 理由が、一介のファン・若輩者にも真摯に対応してくれる優しい姿勢、ユーモアに 満ちた人柄に尽きると思います。氏が編集した雑誌「フェイマス・モンスターズ・ オブ・フィルムランド」のスタイル、堅苦しく無いユーモアたっぷりの記事、そして 読者を巻き込んで創っていく姿勢は、アッカーマンさんご本人そのもの、の姿で あったといえるでしょう。 生意気にも私が色々書いてまいりましたが、本来は私より氏を紹介するに相応 しい方が(日本に)何人もいるのに・・・と、本当に気恥ずかしく感じております。 アッカーマンさんの経歴は、戦後の日本SF界の誕生と発展の歴史とも重なり、 実際深く関わっている人物です。その歴史の中で親交の深い方が、実に多く おられるのですから。 (多分12月後半以降に出る雑誌にて紹介、またより深く親交のある方が今後様々 な形で、メモリアルな活動を行われると思います。) しかしそんな方々を差し置いて、私が駄文を書いたにも理由があります。実は私 2000年に、「貧乏人がアメリカ行くなら、せいぜいあちこち見てやるぜ~!」と、 映画秘宝のムック本『地獄のアメリカ観光』を片手に、アッカーマンさんのお住まい にして、自身のコレクションを広く一般に公開している場所、「アッカーマンション」を訪問させて頂いたのです。 そこでアッカーマンさんの人柄に心底ホレました!・・・。本当に旅の良い思い出と なり、以来アッカーマンさんは私に忘れられない人物となりました。そして今に なって訃報に接し、身の程知らずに駄文を書いている次第です。 次の機会には私の体験した「アッカーマンション」での思い出について、書かせて 頂こうかと思っております。 ・・・続きのUPまで少々お時間下さい(笑) (続く・・・予定) |