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カルト映画・B級映画…『歪な』面白映画紹介
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連載コラム アーサー・ランキン・Jrとランキン=バス プロダクション
7 最終章 『The Last Unicorn』、その後。

長々記してきましたコラムも今回が最終回。『The Last Unicorn』製作以降、

現在に至るまでの、様々なエピソードを紹介して話をまとめたいと思います。

 

日本のアニメの合作会社であるトップクラフトは、R&Bとの合作は1982年を

もって終了します。その後もトップクラフトは日本で放送されるアニメ作品の

製作を行っていましたが、徳間書店と博報堂が、アニメ誌で連載中の漫画を

原作に、本格的なアニメ映画の製作に動き出します。

 

当初、原作漫画の作者でもある監督は、別のスタジオで製作する事を考えて

いましたが断られてしまう。そんな当時の博報堂には白川大作という人物が

在籍していましたが、この方はトップクラフトの設立者、原徹と東映動画時代

同僚であった方でした。また監督も東映動画の出身で、そういった縁もあり

トップクラフトがこのアニメ映画の製作を行う事になりました。

 

アニメファンの方ならずとも、こんなもったいぶった書き方をしては怒りますね。

この作品がお馴染みの『風の谷のナウシカ』であり、監督は言わずと知れた

宮崎駿。『風の谷のナウシカ』の要求する高いクオリティの追求の為、製作時

トップクラフト以外からも、数多くの優れたスタッフが集められました(その中に

庵野秀明の名も)。さて『風の谷のナウシカ』の成功を受け、新たな作品を製作

する為にトップクラフトは発展的に解散・改組される事となりました。この様に

して誕生したのがスタジオジブリであり、スタジオジブリとして最初に製作した

アニメーション映画が『天空の城ラピュタ』なのです。

 

なお『風の谷のナウシカ』と『The Last Unicorn』に、作画上の共通点を指摘

する意見もあり、『The Last Unicorn』製作時の経験が作品に生かされている

ものと推察されます。またこの様な技術的な面よりも、ファンタジー映画という

分野を手がけた実績と経験こそが、トップクラフト~スタジオジブリにとって一番

の財産だったのかもしれません。

 

今やスタジオジブリといえば国民的アニメの工房。広く一般から愛されています

が、それだけに有名税として「一癖ある映画ファン」(私もか…)から、目の仇

されているのもまた事実。そんな誰かさんの目の仇であるスタジオジブリが、

誰かさんであろう「一癖ある映画ファン」こそが愛して止まない、古き良き合作

怪獣映画と、R&Bを通じてつながっていた事を知れば、親近感も沸いてきませ

んか、そこのアナタ・・・(笑)

 

 

海外でのファンの多い『The Last Unicorn』は、DVDが2003年頃から欧米で

幾つかバージョンで発売され、2006年までに各国の合計で100万枚以上の

販売を記録し、根強い人気を証明しました。また2007年には25周年記念版も

リリースされています。ところがこのDVD販売の際、権利をITC(イギリスの

『サンダーバード』などの製作で有名なプロダクション)から引き継いだグラナダ・

メディア・インターナショナル(現在英TVドラマ制作で有名なプロダクション)が

所有していましたが、このDVDの売り上げに対し、原作と脚本のピーター・S・

ビーグルは、ITCと交わした契約に基づいた使用料が支払われるべきと主張、

この件で両者は対立、大いに紛糾している模様。

 

ピーター・S・ビーグルは『The Last Unicorn』の続編、『Two Hearts』を発表する

だけでなく、昨今のファンタジー映画ブームにも乗って2005年、改めて『The Last

Unicorn』の実写映画化にも動きましたが、残念ながらこの企画は現在頓挫した

ままの様子。一連の騒動におい、ピーター・S・ビーグルを支持する熱心なファン

も多い様ですが、現在もこれらの問題は解決を見ていない状況です。

 

 

R&Bこと、ランキン=バス プロダクションは実写・アニメともに、日本との合作を

1980年代にて終了させましたが、アニメ番組製作は引き続き行っています。特に

面白い仕事の一つが1983年の単発TVアニメ作品『The Coneheads』。サタデー・

ナイト・ライブで1977年にダン・エイクロイドが生んだ、トンガリ頭のお笑い宇宙人

公開されていますので、ご存知の方も多いのでは。なおこのアニメ作品は合作

扱いではありませんが、日本からの参加したスタッフもクレジットされています。

 

 

★「コーンヘッズ」にアニメ版があるとは知りませんでした。

最後のエンドロールでスタッフがクレジットされています。

 

R&Bは1987年に製作したアニメ番組を最後に活動を休止します。その後暫くの

King and I』(『あの有名なミュージカル作品)を製作したのみです。しかし2001年

にFOXネットワークから、16年ぶりとなるR&B製作のクリスマススペシャル番組

キャストによる作品)が放送され、R&Bの作るシーズン向けスペシャル番組の古く

からの愛好家を喜ばせたそうです。

 

アーサー・ランキン・Jrは長年のパートナー、ジュール・バスとのコンビを友好的に

解消し、今はバミューダを中心に活動されています。1997年より毎年開催されて

いるアカデミー賞公認の映画祭、バミューダ国際映画祭の創設にも氏は尽力して

います。この映画祭が児童映画を大きく取り扱っている事にも、何か氏の影響が

あるのでしょうか?その他現在もバミューダを中心に、後進の指導に当るなどして

過ごされている模様です。

 

 

アーサー・ランキン・Jr氏が、小谷承靖監督の特集上映の為に来日、二人の合作の

思い出を語ってくれたのが2004年の10月の事でした。その様な催しが行われる事

も知らずに映画館に入った私が、二人のお話を興味深く聞かせて頂き、その後に

知った事、調べた事を記したのがこのコラムになります。

 

この時のアーサー・ランキン・Jr氏の来日が、かつてのパートナーの特集上映の為

だけのものであったのか、他に理由があっての事か存じませんが、その時舞台の

上で楽しげに語る姿から受けた最初の印象、「人と人とのつながりを軸にして、映画

を作る製作者」という印象は、その他で手がけた仕事を含めても、決して間違って

いなかったのだとと思っております。また同時に自身が手がける作品の内容・質に

対して真摯な姿勢で臨む、最近大きなプロジェトとして行われる映画作りには見られ

なくなってきた、古き良き映画製作者を体現した人物ではないかと感じています。

 

またアーサー・ランキン・Jr及びランキン=バス プロダクションの名は、日本では

熱心な怪獣映画ファン、人形アニメファン、アニメーションファンには知られていたと

思います。が、このすべての分野をまとめて紹介する機会は少なかったと感じ、

不勉強ながら私がここでまとめて紹介させて頂きました。これが皆様に、より深く   

ランキン=バス プロダクション作品を知って頂くきっかけとなれば幸いです。

 

                                            (了)

 

~なお、文章中敬称を略させて頂いた部分があります。ご了承下さい~

 

参考文献

 

東宝特撮映画全史  東宝株式会社
大特撮 ~日本特撮映画史~  朝日ソノラマ
映画秘宝 エド・ウッドとサイテー映画の世界  洋泉社
映画秘宝 日常洋画劇場  洋泉社
新映画宝庫 モンスターパニック  大洋図書

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーンヘッズ」

実写映画版。この顔を

見れば思い出します?

 

                                          

「王様と私」

1999年

日本ではCSでの放送と

DVDの販売があります。

 

「Santa Baby!」

2001年