長々記してきましたコラムも今回が最終回。『The Last Unicorn』製作以降、 現在に至るまでの、様々なエピソードを紹介して話をまとめたいと思います。 日本のアニメの合作会社であるトップクラフトは、R&Bとの合作は1982年を もって終了します。その後もトップクラフトは日本で放送されるアニメ作品の 製作を行っていましたが、徳間書店と博報堂が、アニメ誌で連載中の漫画を 原作に、本格的なアニメ映画の製作に動き出します。 当初、原作漫画の作者でもある監督は、別のスタジオで製作する事を考えて いましたが断られてしまう。そんな当時の博報堂には白川大作という人物が 在籍していましたが、この方はトップクラフトの設立者、原徹と東映動画時代 同僚であった方でした。また監督も東映動画の出身で、そういった縁もあり トップクラフトがこのアニメ映画の製作を行う事になりました。 アニメファンの方ならずとも、こんなもったいぶった書き方をしては怒りますね。 この作品がお馴染みの『風の谷のナウシカ』であり、監督は言わずと知れた 宮崎駿。『風の谷のナウシカ』の要求する高いクオリティの追求の為、製作時 トップクラフト以外からも、数多くの優れたスタッフが集められました(その中に 庵野秀明の名も)。さて『風の谷のナウシカ』の成功を受け、新たな作品を製作 する為にトップクラフトは発展的に解散・改組される事となりました。この様に して誕生したのがスタジオジブリであり、スタジオジブリとして最初に製作した アニメーション映画が『天空の城ラピュタ』なのです。 なお『風の谷のナウシカ』と『The Last Unicorn』に、作画上の共通点を指摘 する意見もあり、『The Last Unicorn』製作時の経験が作品に生かされている ものと推察されます。またこの様な技術的な面よりも、ファンタジー映画という 分野を手がけた実績と経験こそが、トップクラフト~スタジオジブリにとって一番 の財産だったのかもしれません。 今やスタジオジブリといえば国民的アニメの工房。広く一般から愛されています が、それだけに有名税として「一癖ある映画ファン」(私もか…)から、目の仇に されているのもまた事実。そんな誰かさんの目の仇であるスタジオジブリが、 誰かさんであろう「一癖ある映画ファン」こそが愛して止まない、古き良き合作 怪獣映画と、R&Bを通じてつながっていた事を知れば、親近感も沸いてきませ んか、そこのアナタ・・・(笑) 海外でのファンの多い『The Last Unicorn』は、DVDが2003年頃から欧米で 幾つかバージョンで発売され、2006年までに各国の合計で100万枚以上の 販売を記録し、根強い人気を証明しました。また2007年には25周年記念版も リリースされています。ところがこのDVD販売の際、権利をITC(イギリスの 『サンダーバード』などの製作で有名なプロダクション)から引き継いだグラナダ・ メディア・インターナショナル(現在英TVドラマ制作で有名なプロダクション)が 所有していましたが、このDVDの売り上げに対し、原作と脚本のピーター・S・ ビーグルは、ITCと交わした契約に基づいた使用料が支払われるべきと主張、 この件で両者は対立、大いに紛糾している模様。 ピーター・S・ビーグルは『The Last Unicorn』の続編、『Two Hearts』を発表する だけでなく、昨今のファンタジー映画ブームにも乗って2005年、改めて『The Last Unicorn』の実写映画化にも動きましたが、残念ながらこの企画は現在頓挫した ままの様子。一連の騒動におい、ピーター・S・ビーグルを支持する熱心なファン も多い様ですが、現在もこれらの問題は解決を見ていない状況です。 R&Bこと、ランキン=バス プロダクションは実写・アニメともに、日本との合作を 1980年代にて終了させましたが、アニメ番組製作は引き続き行っています。特に 面白い仕事の一つが1983年の単発TVアニメ作品『The Coneheads』。サタデー・ ナイト・ライブで1977年にダン・エイクロイドが生んだ、トンガリ頭のお笑い宇宙人 公開されていますので、ご存知の方も多いのでは。なおこのアニメ作品は合作 扱いではありませんが、日本からの参加したスタッフもクレジットされています。 ★「コーンヘッズ」にアニメ版があるとは知りませんでした。 最後のエンドロールでスタッフがクレジットされています。 R&Bは1987年に製作したアニメ番組を最後に活動を休止します。その後暫くの King and I』(『あの有名なミュージカル作品)を製作したのみです。しかし2001年 にFOXネットワークから、16年ぶりとなるR&B製作のクリスマススペシャル番組 キャストによる作品)が放送され、R&Bの作るシーズン向けスペシャル番組の古く からの愛好家を喜ばせたそうです。 アーサー・ランキン・Jrは長年のパートナー、ジュール・バスとのコンビを友好的に 解消し、今はバミューダを中心に活動されています。1997年より毎年開催されて いるアカデミー賞公認の映画祭、バミューダ国際映画祭の創設にも氏は尽力して います。この映画祭が児童映画を大きく取り扱っている事にも、何か氏の影響が あるのでしょうか?その他現在もバミューダを中心に、後進の指導に当るなどして 過ごされている模様です。 アーサー・ランキン・Jr氏が、小谷承靖監督の特集上映の為に来日、二人の合作の 思い出を語ってくれたのが2004年の10月の事でした。その様な催しが行われる事 も知らずに映画館に入った私が、二人のお話を興味深く聞かせて頂き、その後に 知った事、調べた事を記したのがこのコラムになります。 この時のアーサー・ランキン・Jr氏の来日が、かつてのパートナーの特集上映の為 だけのものであったのか、他に理由があっての事か存じませんが、その時舞台の 上で楽しげに語る姿から受けた最初の印象、「人と人とのつながりを軸にして、映画 を作る製作者」という印象は、その他で手がけた仕事を含めても、決して間違って いなかったのだとと思っております。また同時に自身が手がける作品の内容・質に 対して真摯な姿勢で臨む、最近大きなプロジェトとして行われる映画作りには見られ なくなってきた、古き良き映画製作者を体現した人物ではないかと感じています。 またアーサー・ランキン・Jr及びランキン=バス プロダクションの名は、日本では 熱心な怪獣映画ファン、人形アニメファン、アニメーションファンには知られていたと 思います。が、このすべての分野をまとめて紹介する機会は少なかったと感じ、 不勉強ながら私がここでまとめて紹介させて頂きました。これが皆様に、より深く ランキン=バス プロダクション作品を知って頂くきっかけとなれば幸いです。 (了) ~なお、文章中敬称を略させて頂いた部分があります。ご了承下さい~ 参考文献 東宝特撮映画全史 東宝株式会社 大特撮 ~日本特撮映画史~ 朝日ソノラマ 映画秘宝 エド・ウッドとサイテー映画の世界 洋泉社 映画秘宝 日常洋画劇場 洋泉社 新映画宝庫 モンスターパニック 大洋図書 |