『極底探検船ポーラーボーラ』が、当時これだけの大成功を収めたとなると、 当然ながら更に作品を製作しようとの動きが出てきます。私が興味を持つ きっかけとなった、浅草東宝でのアーサー・ランキン・Jr氏と小谷承靖監督の トークショーにおいて、両氏はプロデューサーと監督という共同作業で5本の 作品を手がけた、これは国際的な合作におけるパートナー関係としては、 かなり多い本数であるはずである、と誇らしげに語っておられました。 5本の作品とは先に紹介した『Marco(マルコ)』(この作品には監督として 小谷監督はクレジットされていない)、次に『極底探検船ポーラーボーラ』 (この作品は小谷監督とアレックス・グラスホフ監督の共同監督扱い。なお アレックス・グラスホフ監督は奇しくも本年(2008年)に亡くなった。ドキュメン タリー映画でも活躍した人物で、一度アカデミー長編ドキュメンタリー賞を 獲りながら、授賞後にその作品が受賞の対象外、公開が賞の対象となる 以前の年と判明、オスカーを返したいう変わったエピソードの持ち主)。この後 3本の作品を共に手がける事となるのです。 その残る3本のうち最初の1本が、1978年米で放送されたTVM、日本でも
1979年にゴールデン洋画劇場で放送された作品、『バミューダの謎 魔の 三角海域に棲む巨大モンスター(The Bermuda Depths)』。監督は小谷 監督単独で、トム・コタニの名義でクレジットされています(サニー千葉や デューク真田みたいなもの?)。R&Bと円谷プロの合作で、巨大な亀や 海に浮かぶ船などの、かなりウルトラシリーズに近い味わいの特撮は、 『~ポーラボーラ』と同じく佐川和夫が担当。 物語の原案はアーサー・ランキン・Jr氏。まず当時何かと話題のバミューダを 舞台に、魔女ジェニー・ハーバーの伝説を元に、海洋アドベンチャー(+ファン タジー?)のTVMの製作を計画しました。が小谷監督から企画の段階で、 「海洋ファンタジーなら浦島太郎の要素を加えてはどう?」と提案した、との 製作時の舞台裏を浅草東宝のトークで語ってくれました。 かくして魔女(謎の美女)と亀(巨大亀怪獣!)が出てくるTVM作品が生み 出されたのです。この作品も『~ポーラボーラ』同様、魔女ジェニーを歌った 主題歌が妙にカッコいい(アメリカ放送版で確認)。なお劇中に出てくる当時 日本の漁船が引き上げた恐竜の死骸(ウバザメの死骸だった、懐かしい!) のネタも、小谷監督の提案でしょうか?? ★『バミューダの謎 魔の三角海域に棲む巨大モンスター (The Bermuda Depths)』のオープニング。現在YouTubeでは、 この続きも全編見る事が出来ます。コメントは懐かしがる人の嵐! ちなみにこの作品、改めて見るまで私には放送当時の漠然とした記憶しか ありませんでした(魔のバミューダトライアングルの話題がブームであった この当時、同じくバミューダを舞台にしたTVMも何本か作られており、それ らの作品と記憶が混ざっていました)。が現在日米共に、子供の頃この作品 を見た時の印象が、強烈かつ断片的に記憶に残っている人…、目が光る 水着の美女(コニー・セレッカ。胸に「中」の字のお笑いヒーローが登場する いっても巨大な亀怪獣の雄姿など…これらがトラウマ(笑)となった人が実に 数多く存在している模様です。さて、アナタも何か覚えていませんか?? 次いで手がけたのが1980年米で放送されたTVM『The Ivory Ape 』(日本
未公開)。監督はトム・コタニ、R&Bに円谷プロも製作に関わり、撮影は 何故か実相寺昭雄の盟友・稲垣涌三。またもバミューダ諸島(実はR&Bは このバミューダにオフィスを構えています。ご当地でお手軽製作?)に送られ て来た巨大な白い猿(将にキングコングな設定)を巡って、何とか保護しようと する者とそれを狩る事に執念を燃やすハンター(これは『~ポーラボーラ』な 設定)の物語。この作品の猿に関してのコメントを読むと、「出来の悪いハロ ウィンのコスチュームの様」と言われてます…(涙)、まあ想像つきますね。 主演(ハンターの一人)はジャック・パランス。特撮シーンも『~ポーラボーラ』 や『バミューダの謎~』程の規模ではない、海外で撮影されたを小谷監督が 手がけた理由とは…一部スタッフは日本人ですが、他は役者もスタッフも 向こうの方ばかり…。演出の実績を信頼されたのだろう、と推察しています。 (TheBushido Blade)』。日本ではビデオ公開となった作品です。なおこの
タイトルは、後のプレステのゲームの元なのでしょうか?? 物語は幕末、日本に来たペリー提督(『~ポーラボーラ』のリチャード・ブーン。 この作品が遺作となりました。)に献上すべき刀が奪われ、それを巡って日本 国内の開国派と攘夷派が争い…というお話。三船敏郎も出ていますから、 がアラン・ドロンを日本に招いて映画を製作しようとした企画が、この映画の 原点にあるそうです。製作はR&Bとイギリスのプロダクションが実施。 アーサー・ランキン・Jrと小谷監督にとっては、日本を舞台に本格的な作品を 作りたい、との悲願を果たす事が出来た作品でした。 他の出演者も豪華絢爛たる顔ぶれで、日本からは千葉真一・丹波哲郎、 海外からもマコ岩松・ジェームズ・アール・ジョーンズ、そして何故か「褐色の エマニュエル」ラウラ・ジェムサー(日本人役…)。トンデモな描写(海外の マーケットを意識しているのでしょう)もありますが、小谷監督が積極的に 参加した成果か、日本文化の描写は基本的に良好。話が史実と違います…という部分は映画ならではの脚色、として許してあげましょう。 但しこの作品がどうしても埋もれてさせてしまうのが、1980年のNBC製作の ミニシリーズ(125分の劇場公開版も有り)として作られ数多くの賞を受賞、 また経済的にも大成功を収めた作品。本格的な日本ロケ(東宝やABCも 関わった)の成果といえますが、この作品の成功があったからこそ『武士道 ブレード』も製作された、と見るべきでしょう。 さて、この作品をもってアーサー・ランキン・Jrと小谷監督の共同での映画 製作は終了いたします。原因としてはTVMの衰退、円高による日本での 映画製作を行うメリットの低下、映画業界の環境変化(SFX大作など、ブ ロックバスター映画の登場や、ビデオマーケット拡大と共にイタリア・香港 映画などの作品が市場へ大量流入)と、1960年代から行ってきた日本の プロダクションと共同で作品を制作するという、R&Bの手法が時代に合わ なくなってきた結果といえます。 しかしお二人の最後の仕事から20年以上たって、楽しげに浅草東宝で 思い出を語られる二人の姿に、正直感動すら覚えました。ビジネスの世界 とはいえ、現在も映画製作は人と人との関わりが中心。無論人と人との 関係に頼ると、一つ間違えれば泥仕合が繰り広げられる事も(「映画秘宝」 誌で2008年に安藤健二氏が連載された、「封印作品の憂鬱」にて紹介 された『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』のエピソードは将に負の事例でしょう)。 とはいえ、現在の邦画に数多く見られる製作委員会方式の映画作り方では、 作品に対する愛情や拘りに欠け、ともかく無難に仕上がる事を良しとする 映画を生んでしまう一つの原因の様に思われます。 それだけにアーサー・ランキン・Jrと小谷監督両氏の信頼関係を見ると、古き 良き映画作りの姿の一つの体現ではないか、と感じ入ってしまいました。 確かに制作費や技術の制約が有り、彼らの作品を現在見ると…という部分 が存在します。作品のみ現在の視点で純粋評価すれば、切り捨てる作品 と評価する方もいるでしょう。しかし当時の環境の中で生まれた、手作り感 溢れた作品の背後に、将に「手作り」という言葉が相応しい、日米スタッフ 達の共同作業を見る事が出来るのではないでしょうか。子供の頃思わず 彼らの作品をTVで見て、何かが妙に記憶に残っている方は、もしかすると 子供心にも、そんな魅力に気付いた方なのかもしれません・・・。 ~蛇足~ この後R&Bは実写TVMを1本のみ製作しています。その作品が『美女
ドリアン・グレイの秘密(別題・幻想のドリアン・グレイ、原題はThe Sins Of Dorian Gray)』。タイトルでお判りの通り、オスカー・ワイルドの「ドリアン・ グレイ」の女性版といった作品で、年を取るのは絵でなくフィルムというのが ちょっと『ファントム・オブ・パラダイス』風味。日本でもTV放送され、l私は深夜 に放送された際見ました。アーサー・ランキン・Jrはクラシックなホラーに拘り がある人なんですね。出演はアンソニー・ホプキンス、そして主人公の美女、 好事家ならば思い出されますか? (続く) |