『キングコングの逆襲』の後、R&Bと東宝が共に作品を製作する事はありませ んでしたが、この実績からアーサー・ランキン・Jr氏と東宝、円谷プロのスタッフ に絆が生まれた事は間違いありません。 1971年、R&Bからある作品の企画が持ち込まれます。マルコ・ポーロを主人公 にした、家族向けのミュージカル映画を作りたい…。主要なスタッフ、キャストは 米国人ながら、映画に登場するアジアの国々の皆さんは、日本の俳優に演じて もらいたい。またそういったシーンの製作は、日本のプロダクションにて撮影して もらえないだろうか、と・・・。 当時日本の映画業界は、ピーク時から大きく減少した観客数により大変な危機 に陥っていました。大映は倒産、日活はポルノ映画製作へ転向、松竹・東映も 迷走する中、東宝が選んだ対応策は1972年に下した、東宝本体における映画 製作を停止するという決定でした。 製作部門は「東宝映画」「東宝映像」など別会社・傍系会社を設立し、そちらで 映画製作を行う事に。つまりリスクの高い映画製作を、東宝本体で行わない体制 を確立する。また外部と共同で映画製作を行う事で、制作費・宣伝費の自己負担 を減らし、同時に観客動員への協力を仰ぐ。また従来持っていた映画館すなわち 東宝系映画チェーンでは自社製作の番組が減った事への対応として、買取作品 や委託作品の配給・興行によって番組を編成していく事となりました。 この結果、先にR&Bから持ち込まれた企画は、製作を「東宝映像」が引き受ける 事となりました。ちなみに従来東宝に所属していた特撮スタッフ陣は「東宝映像」 に移っており、この合作映画でも持てる力を発揮しています。 この1972年から日本で多くのシーンが撮影されたこの合作映画こそが、1973年 に公開された『Marco(マルコ)』です。年配の方はこの映画の、日本での撮影の 話題が報道されていた事を、記憶されている方もいるのではないでしょうか? 『Marco』のスタッフで日本側監督となったのが小谷承靖。日本側の出演者の 中に中村哲の名も見える。そう、『極底探検船ポーラボーラ』の監督であり、 出演者である。残念ながら『Marco』は日本未公開となり、今や忘れ去られた 映画になった感がありますが、この作品こそアーサー・ランキン・Jrと小谷承靖 両氏が最初にタッグを組んだ作品であったのです。 先に日本映画の低迷という暗い話題を書きましたが、当時は全世界の映画界が 同じ状況にありました。テレビの発達に伴って映画観客数はどんどん減少、また 製作される映画も昔ながらの企画では観客が呼べないという苦境。この時代の 新しい波の一つに、香港のブルース・リーが世界を席巻した事をお忘れなく。他 にも今思えばモンド映画やミッドナイトムービー、ほか様々なキワモノ映画など、 この時代のアダ花というべき作品が映画館の暗闇を賑わしていた時代でした。 ともかくその中でアメリカでも大手映画スタジオが迷走していた時代でした。 そういった苦境の、アメリカ映画界に生まれた一つの流れがTVM(テレビ映画) の製作。歴史ある映画製作会社が経営難からテレビ局の傘下に入り、テレビ での放送を目的とした映画、すなわちTVMが60年代末~70年頃より製作され 始めます。こういった作品が日本にの輸入され、お茶の間で鑑賞出来たのが当時 の状況でした。なお米のTVM扱いでも、作品質が高く海外では劇場公開される R&Bは60年代からテレビ向けの素材、アニメーションや季節物の特別番組 (ハロウィン、クリスマス向けの作品)を製作していたプロダクションですが、日本 の製作会社と共同制作できる環境を武器に、70年代半ばにTVMの製作にも 本格的に乗り出します。さてこの当時映画界に一つのブームが訪れました。76年 ルーカスがある映画の製作にかかる。そう、翌77年に米で公開されるお馴染みの 作品、『スター・ウォーズ』である。当時、企画不足に苦しんでいた米映画界は 怪獣物、SF物の作品の製作が大いに流行り出していた。 このような背景の下で、日本と怪獣映画を合作した実績を持つR&Bで一つの 企画が生まれる。北極の地下の空洞世界で、現代に生き残った恐竜をテーマに したTVMを作ろう。恐竜の特撮?それは円谷プロなら出来る(特撮は佐川和夫)。 舞台となるロケ地は?…長野県は上高地、大正池付近と決定(当時かなり話題 となったのでご存知の方もいると思います)。日本で演出する人物は?『Marco』 で共に仕事をした、小谷監督にまかせよう。 もうお判りですよね?このようにして1977年に完成した合作映画こそが、我らが 『極底探検船ポーラーボーラ』なのである。 ★これが 『極底探検船ポーラーボーラ』のクライマックス! 「最後の恐竜」ことリチャード・ブーンとティラノサウルスの対決の行方は? もしあなたが現在『極底探検船ポーラーボーラ』をご覧になれば…実に「古き良き 時代」の作品(笑)、恐竜はチープ感のある着ぐるみだし、実物大で作られた ポーラーボーラ号も「いかにも」な存在感じだし…当時の円谷プロ作品をイメージ してもらえば、大体の雰囲気は想像出来るでしょう。しかしこのTVMは、米放送 時の視聴率41%!という大成功を収める事が出来たのでありました。 またこの作品は、日本においては東宝東和の配給で劇場公開される。配給する のが70年代の東宝東和?あの素晴らしすぎる宣伝が未だ伝説として話題になる 時代の東宝東和のお仕事?その宣伝のおかげか、当時未見であった私の記憶 にも、今だこびり付くほどに煽られた訳である。 時の流れとは残酷なもので、当時米でも日本でも成功を収め、話題となった 『極底探検船ポーラーボーラ』ですが、現在は熱心な映画ファンの記憶の中に 留まるのみ、の存在。また正直何も知らずに現在鑑賞すれば…厳しい評価も 出てくるでしょう。着ぐるみ怪獣に「侘び寂び」を感じられる方であれば…優しく 見守ってくれるはず、です。更にこの作品についてお知りになりたい方は、私 のレビューを読んで頂ければ幸いです。 『極底探検船ポーラーボーラ』の完成・公開までを紹介しましたが、この成功が R&Bに新たなTVM製作の機会を、そしてアーサー・ランキン・Jrと小谷承靖両氏 に更なる活躍の場を与える事となったのでした。 次回はこの後両氏が手がけた 作品について紹介いたします。 (続く) |